ニュースレター18号発行いたしました

8月31日付けにて、ニュースレター18号を発行いたしました。
巻頭言は、九州大学山下雅史教授です。

NLNo.18yamashitasensei

私は、計算機科学、その中でも理論計算機科学に属していて、計算機ネットワーク上の分散システムを主要な研究対象とする分散計算を専門としていると認識されてきた(と私は思っている)。確かに、何を勉強して来たのかと問われると、分散システムの理論であり、どのような分散システムかと問われると、インターネットに代表される、計算機ネットワークがその主要な対象になっているのだが、振り返って見ると(来年3月で退職するので、そろそろ過去を振り返って回想に耽っても良いだろう)、計算(computing)という枠組みとは離れた場所で藻掻いてきた。例えば、2台の名前を持たないロボットを同じ場所に移動させる(分散型の)制御アルゴリズムを検討し、ロボットがメモリを持たないときにはこの問題が非可解であると証明したが、ここでの非可解性は、チューリング計算可能な制御アルゴリズムが存在しないという「弱い」意味での非可解性ではなく、アルゴリズムに対応するチューリング計算不可能な一般の関数ですら存在しないという「強い」意味での非可解性である。また、アルゴリズムの存在性にしても、チューリング計算可能な関数であることに余り拘泥して来なかった(ために、当然ながら、理論計算機科学関連の会議では分野外と判定されたことがあった)。
こういう無謀な試みをしてきた理由は、ほとんどの分散システムは自然由来で、このような自然由来の分散システムも人工の分散システムと「分散されている」という問題点を共有しているに違いなく、このような問題点とその解決方法は検討と理解に値すると考えており、この立場から分散システムを検討する際には、チューリング計算可能性という制約が本質的ではないように思われたからである。実際に、複数の物体がニュートン力学に従って移動するとき、それらが行く先を「計算」しているとは思えない。そこで、チューリング計算可能性とは独立に成立する分散システムの理論の構築を目指してきた。
本新学術領域研究には知能班の一員として参加させて頂き、いくつかの興味ある分散問題を発見し、問題解決の可能性とその限界を、上記の立場から(チューリング計算可能性に拘らずに)検討して来た。これらは与えられた分子ロボットモデルの下での検討であって、高い能力を持つ分子ロボットの製作には寄与していない。しかし、製作された分子ロボットによって実現可能なシステムを予見する、すなわち製作の目的を明確にするためには、このような研究が不可欠であるので、そのために努力しているとご理解を頂き、力の足りない点はご容赦頂きたい。