11月30日付ニュースレター第19号を発行いたしました。
巻頭言は、東北大学 野村慎一郎准教授です。
「Aは人工自動アメーバのA」
分子ロボットをやる理由、それをわかりやすい言葉で説明するのは難しい。SFの夢、未来の医療、最小のロボット、かつてない原理のロボット、ドレクスラーの予想、ファインマンの言葉。しかして本心は「人間の工作の限界を知りたい」なのだろう。ノーベル化学賞の分子機械はまさに工作の限界への挑戦であるし、学生の国際分子デザインコンペのBIOMODも好例だ。では、工作の魅力とは何だろう?どうやったら思いどおりに作れるのか、動くのか。原理から考えてデザインし、上手くいくととても楽しい。しかも分子ロボであれば、その舞台は人の手の届かない、支配的な物理法則が異なる微小スケールなのだ。当たり前が当たり前でない、ということは工作の楽しみに加えて、未知の新発見なんてボーナスまで期待できてしまう。やっちゃえ分子ロボ。
というわけで、ぼくらは今、新学術分子ロボティクスのアメーバ班として5年目、最終年度を過ごしている。添削で赤く染まった分子アメーバ論文を横目に、少し苦労話も書いてみたい。アメーバ型、とはマイクロサイズの膜袋にロボットの分子要素を詰め込んだタイプである。 2012年に出たお題は「とにかく動かす」「制御系分子にDNAを使う」であった(裏に「外部からの制御は論外」というのもあった)。分子モータを膜袋に詰めればちゃっちゃと動くだろ、という予測はいきなりコケる。厚み5nmの油膜はあっさり割れ、収率低すぎでお話にならない。班員総出で収率を上げると、次はモータが剥がれる。剥がれない工夫をすると、今度は球形から動かない…。検討を重ねた末、 2016年初春、人工自動アメーバ(Artificial Autonomous Amoeba)はとにかく、動いた。膜分子1種の追加がカギだった。心細い稼働率だったが、改良を続け、冷凍分子ロボ・キットをクール宅急便で配布した。名古屋からは元気に動く個体の動画が届いた。もちろん、論文が発表されるまで、研究は為されなかったのと同じであり、それが科学の常識である。しかし分子アメーバはそんな人間の都合なんぞどこ吹く風で、対物レンズの上にてひょいひょい動いている。ぼくにはそれがどうも痛快なのだ。人の見ていないところで静かに笑っているのは、月やリンゴの天然物だけではないのだ。
さて、いま分子ロボティクスがいるのはどのあたりだろう?技術の成熟度は、時間に対して右肩上がりになだらかで高い階段ひとつ、いわゆるS字曲線で描かれることが多い。ぼくらが居るのはおそらく段の直前、線形近似できるのぼり坂の終盤あたりと思っている。足された要素が個々の性質を失わずに扱える線上、分子アメーバはまさにそこで苦労してきた。3種の分子をあわせれば3種が、27種なら27種がそのまま動く。プレイヤーの研究者が3人寄れば3人分の業績が加算される。もちろん加算にも相応な苦労はあるが、見上げればはるか上空に変曲点が待っている。その分子ロボ技術が急発展するあたりでは、分子間相互作用の非線形性がガンガン利用されるだろうし、若手の会やBIOMODで増えたプレイヤー間の相互作用にも非線形性が増して、1つの事実が10以上のアイディアを産み片っ端から大当たり、ということもあるだろう。急激な変化は楽しみでも恐ろしくもあるがしかし、S字の上の台地(ひとりしか立てないピークでなく)はきっと見晴らしがよくて、みんなでケラケラ笑いながらSF作家が立てた次の未来のフラグを指さし狙い放題、そんな瞬間を共有できれば幸せにちがいない。
とても楽しい、を原動力に、当たり前でないことを当たり前にして、成果を全プレイヤーに提供できる、それは悪くないプロジェクトだ。なのでもうちょっとがんばろう、みなさま引き続きよろしくお願いいたします。