新学術領域「分子ロボティクス」領域代表
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授
萩谷 昌己
「終わり=始まり」
早いもので5年の月日が流れ過ぎようとしています。5年の歳月を経て、多くの方々のご尽力とご支援により、分子ロボティクスと呼ぶ学術領域もその姿が明らかとなり、関連分野との交流もますます活発になって来ています。新学術領域研究(研究領域提案型)の目的は、新たな研究領域を発展させることですので、本領域は、真の意味で新しい研究分野を創成し発展させた点において、既に大きな成功を収めたと言っても過言ではありません。特に、本領域なくしては決してあり得なかったような、遠く離れた分野間の共同研究が多数立ち上がり、また、従来の常識では全く異なるディシプリンを併せ持つ研究人材が育成されて来ています。本領域はそのための研究交流の場を日常化するとともに、共用設備の提供も行って来ました。
もちろん、研究成果の面でも、明確な結果が出て来ています。特にアメーバ班では、領域内で開発された要素技術が、DNA ナノ技術によって垂直統合され、アメーバロボットのプロトタイプ(AAA—Artificial Autonomous Amoeba prototype)が稼働するに至っています。このプロトタイプにおいて開発されたDNAクラッチは、人工DNA 分子によってリポソーム脂質膜へのキネシン複合体の着脱を制御する技術であり、DNA ナノ技術による垂直統合の典型例となっています。一方、分子運動アクチュエータの高度化へ向かう多彩な研究も行われ、その一部は人工筋肉の研究プロジェクトとして本学術領域後の研究展開の一つの流れを形作っています。
スライム班は、高分子ゲルを、分子デバイス群を動作させるプログラマブル時空間反応場とするための基盤要素技術を開発して来ました。
そのマイルストーンとして、新規DNA ゲルの創製により、一次元ゾル空間の中のゲル化部分の運動をDNA 計算で制御するという短期目標を達成しました。
さらに時空間反応場を高度化するために、高分子ゲルによる空間の離散化を研究パラダイムとして打ち出し、ゲルオートマトンと呼ぶ理論モデルの研究を展開するとともに、新規高分子ゲル、マイクロ流路、ゲルカプセルなどの要素技術の開発を行い、特にゲルオートマトンのマクロプロトタイプにおいて動的パターン形成に成功しています。
感覚班は新たな分子センサーデバイスの開発を担って来ましたが、その研究成果は枚挙にいとまがありません。特にRNA デバイスはセンサーとして活用できるだけではなく、細胞内分子ロボットとしてiPS 細胞を分化制御することに成功しており、分子ロボティクスの確固たる応用分野を示唆しています。
知能班では、組合せ回路、リアクティブ系、メモリ・クロックを有する状態機械、学習する自己適応系という一般的な知能の発展段階に沿って、分子コンピュータの高度化を進めました。特に学習する自己適応系に関してはスライム班と連携して、環境と情報媒体とロボット本体が一体化するという分子ロボットの特徴付けを行い、群分子ロボットによる群知能の研究を進めました。
冒頭でも述べましたが、以上の研究成果を総じますと、多くの新規技術の開発に加え、要所要所において新たな研究パラダイムの提案とそれらに従った研究を進展させて来ています。本領域の研究期間はもうすぐ終了いたしますが、それがまさに分子ロボティクス研究の本格的な始まりです。既に多くの胎動が起こっています。期待をもって見守ってください。いえ、是非、この動きに積極的に参画していただくことをお願いいたします。